2007年10月 6日〜7日
菅原神社(小坂)の秋祭りが、10月6日(土)〜7日(日)に
小坂公園にて行なわれました。

庄左衛門さま書込み
菅原神社の秋祭りは好天の下に無事に済み、恒例になりつつある則直、下石田、小坂の屋台の三町練りも
関係者のご尽力により成功裏に終わり何よりでした。
古い話ですが、小坂と則直は、慶長5(1600)年に姫路城主池田輝政の支配下に入ってから一橋徳川家の
領知として明治維新を迎えるまで、その間、千姫の化粧料10万石の領知に組み込まれたときも、龍野領に
なったり幕府直轄領になったときも、青山村、町田村と共に常に一緒に動かされた関係にありました。
明治に入ってからは、明治6(1873)年3月に才村、則直村、小坂村の三ヶ村が才村の徳圓寺に小学校を
置きました。若干の変遷はありましたが、才村、則直村、小坂村の児童は、明治6年3月から明治25(1892)年
11月に小坂村の児童が広畑村の高浜尋常小学校に併合されるまで、ずっと同じ小学校に通学しました。
(広畑村と小坂村の合併による高浜村の設置は明治22(1889)年4月1日)明治16(1883)年7月に戸長役場
の管轄が整理されたときも、才、則直、小坂、蒲田、西蒲田の五ヶ村は才村にあった才組役場(後に才村外
四ヵ村戸長役場に改称)に所属しました。
三ヶ村の氏神社の秋祭りも同じ日で、旧暦9月9日の重陽の節句を祭礼日とし、新暦になってからは、
10月8日、9日を祭礼日としました。
今は10月の第1土・日に秋祭りを行っていますが、10月8日、9日が各氏神社の本来の祭礼日です。
小坂に大屋台がある頃の秋祭りは、才との間で屋台の行き来がありました。
今また、則直、下石田、小坂の三町により始まった新たな交流は、何かと共通項の多かった115年前まで
の村付き合いを考えると、意義深い交流のように思います。


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